インタビュー ~ 堺の元気!企業紹介 ~

インタビュー ~ 堺の元気!企業紹介 ~

100年企業を目指し高品質の製品を安定して生産できる技術力を育てる 株式会社ヤマエ

素材もサイズも選ばないことで競争力を獲得

 海外航路の大型船で機関士をしていたという山本栄太郎氏が、1939年に航空部品の加工を担う鉄工所を堺市内で創業したのが株式会社ヤマエのルーツです。創業からまもなく、大手空調機メーカーの協力工場となりました。
 戦後、学徒出陣から戻ってきた二代目が会社を再開すると、しばらくして本格的に稼働し始めた空調機メーカーとの取引が復活。得意先をそのメーカー1社に絞って経営してきたそうです。1958年には指定外注工場に指名され、1986年と1990年には品質努力賞を授与されるなど厚い信頼関係を築いてきました。
 しかし2代目社長が病気で倒れると、残されたのは娘二人ということで、にわかに後継者問題が浮上しました。当時、総務部長を務めていた山本靖子社長は「私は継ぐつもりは全くなかったので、会社を売却しようかという話も出ました。しかし、それは父の望みでないことを知り悩んでいたところに、外から聞こえてきたのが『女には製造業の経営は無理』という声でした。それが悔しかったので、逆にやってやるという気持ちになりましたね。一方で、『部長が社長になるのなら、全力で応援する』と言ってくれた社員もいたことがとても嬉しかったです」と語っています。
 同社は、アルミや鉄、ステンレスなどさまざまな素材の加工を手がけており、なかでも鋳物の加工を得意として強みを発揮しています。「鋳物を切削する際に出る粉が細かく機械を傷めるということで多くの工場が嫌がり、手がけているところが少ないんです。だからこそ、鋳物を手がけることを決めました。サイズも以前は手のひらサイズのものが主流だったんですが、機械を入れて直径400mmまでのものも扱えるようにしました。素材もサイズも選ばないという方針で競争力をつけようと考えたんです」と山本社長。量産工場からの脱皮を目指しての方向転換でした。


▲横型マシニングセンターを操作する若手技術者。

量産工場から脱皮するために小ロット多品種生産へ

 「当社は、工程の段取りのできる人と製品のチェックをする人が1人か2人いれば、他の人は毎日、流れ作業的に同じ製品を作り続けるという量産工場で、人が機械を使っているのだか、機械が人を使っているのだかわからない状態でした。それで技術が伸びるわけがないんですよね。しかもグローバル化が進み、多くのメーカーが生産拠点を海外へ移し始めていました。当社の得意先である空調機メーカーも中国に工場を作ることになり、一緒に行かないかとお誘いいただきましたが、当社の規模で海外に移転することはリスクがあるという判断で国内にとどまることにしたのです。とは言っても、国内に量産品加工の需要がなくなっていくことは疑いようのないことでした。それまで、小ロット多品種の仕事は35~40%を外注しており、これを何とか社内で対応することが生き残るための課題でした」と山本社長。
 現場では、小ロットの仕事を受けることに抵抗もあったといいますが、山本社長はさまざまな変革を敢行しています。まず、この加工しかできないという専用機をできるだけ無くし、マシニングセンターなど汎用性の高い機械をグループごとに固めて配置。また、少ロットでも売り上げを伸ばすために機械の稼働率を上げようと、2交代制の時差勤務で午前8時半から午後10時まで機械を止めることなく稼働させています。1台の機械を2人が担当しているのも、1人が病気などで欠勤しても機械を止めることがないようにということで、これによって、忙しくても1人に過重労働を強いることがなくなりましたが、勤務時間を2交代にしたことへの反発も大きく、それを理由に辞めていく社員もいたということです。


▲「従業員数30名ほどという中途半端な企業規模を逆手に徹底した品質管理体制を強みにした」と山本社長。

徹底した品質管理で幅広い業界に得意先を獲得

 「本来のものづくりは、自分で段取りして製品を作り上げていくことに面白味があると思いますし、私はそう思える技術者を育てたいと考えてやってきました。日頃から現場に伝えているのは、本当の営業マンは一つひとつの製品であり、それを作っているあなたたちなんだよ、ということです。私は毎日、安定して高品質の製品を生産し続けていることこそが誇れる"技術力"だと考えています」と山本社長。
 現在は、20~30代を中心とした若手の技術者が多く、数年前からは大学の新卒者も採用し始めています。会社の目指している方向、考え方を理解し、共有してくれる社員を育成していきたいからだと語っていますが、大卒者を採用する理由はもう一つ。将来の事業承継を視野に入れてのことだとか。「はっきりと決めたことではありませんが、子どものいない私は後継者を社内からということも考えています。山本家が途絶えるのは何とも思いませんが、ヤマエという屋号には思い入れがあります。ヤマエの精神が継がれなければ、名前が残っても会社が残ったことにはならず、当社をよく理解してくれている人に継ぎたいと思うのです」。
 このコロナ禍で厳しい経営環境にありますが、山本社長はかつてのリーマンショックの際に、社員と危機感を共有できたおかげでコストの削減や意識改革を一気に進められた経験があります。
 子どもの頃に「汚くて嫌だ」と強烈に思った工場内の「3S活動」に精力的に取り組むとともに、最注力しているのは品質管理です。最先端設備を導入しているほか、機械が稼働している間は必ず品質管理担当者を常駐させ、また工程内検査も厳しく実施。同社の技術力を活かせる分野であれば業界を問わず、精力的に新規開拓を行った結果、現在はクレーンやリフトといった産業機械や油圧機などの部品加工を幅広く手がけるようになっています。
 創業82年を迎えて「100年企業を目指す」と宣言中の同社ですが、大切なのは100年企業になることでなく、社員が一丸となって向かう共通の目標があることだと山本社長は語っていました。


▲新たな機械の導入で直径400mmの部品も加工できるように。
成功のポイント

『事業は人なり』を体現している会社です。社員のやる気を引き出し、能力をアップさせる。そのために山本社長は、全社の方針を示し、導き、時には母のような大きな心で社員の成長を見守る。それに応えて社員が一致団結して事にあたる社風、そのヤマエイズムが秘訣です。


株式会社ヤマエ

代表者名代表取締役社長 山本 靖子
本社堺市中区深井畑山町258
TEL278-2523
設立1939年創業
資本金1,300万円
従業員数26名
事業内容金属製品切削加工
ホームページ http://www.yamae.jp

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